4日午後に死去 サッカー元日本代表 松田直樹を襲った「悲劇」 - スポーツ出たとこニュース!

スポーツ出たとこニュース! ホーム  »  スポンサー広告 »  最新スポーツニュース »  4日午後に死去 サッカー元日本代表 松田直樹を襲った「悲劇」

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

4日午後に死去 サッカー元日本代表 松田直樹を襲った「悲劇」

<遠かった練習場、AEDもなし>

「いろいろな意味で運が悪かったというか、何というか……」
 2日に練習中に急性心筋梗塞で倒れたJFL(日本フットボールリーグ)の松本山雅FCの松田直樹(34)選手についてサッカー関係者はこう口を揃える。
 松田は長野県松本市の「梓川ふるさと公園」で最初の練習メニューのランニングのあと、「やばい、やばい。気分悪いんだよ」と芝生に大の字に倒れた。
 当時の気温は24.6度、湿度は68%。比較的涼しかった。チーム関係者がすぐに119番に通報。練習を見ていた看護師が救急車が到着するまでの約10分間、心臓マッサージ。約25分で信州大医学部付属病院に着いたが、すでに心肺停止状態だった。病院では人工心肺により血液循環を維持し、一時は微弱ながら心臓の鼓動は戻ったが意識はなく、「極めて厳しい状態」が続いていた。
「松本山雅は専用グラウンドを持たないクラブで、市内にいくつか練習場所がある。今回は病院にもっとも遠い練習場だった。信州大のグラウンドでやることが多いが、そこなら隣が信州大医学部の付属病院。搬送ももっと早くできたのに……」(関係者)
 しかも心臓発作などで倒れた人にショックを与えて心臓の動きを戻す「AED」は同公園には設置されておらず、経費や人員の関係からか、クラブ側も所有していなかった。J1やJ2では練習時には必ず「AED」を用意する。以前、あるクラブは普段と練習場所を変えて砂浜でランニングをやったが、そんなときも用意していた。
 松田は1995年から昨年までは横浜マリノスに所属。日韓W杯など日本代表として40試合に出場している。昨季限りで横浜Mから戦力外通告をされ、いくつかのクラブから誘いを受けたが、地方のJFLの松本山雅に入団した。マスコミ関係者がこう言う。
「海外や上のクラスのクラブからの誘いもあったが、松田はあえてJFLを選んだ。周囲はびっくりしたが、実は昨年、離婚して心機一転という気持ちがあったのでしょう。松本山雅をJ2に昇格させるんだ、と張り切っていただけに残念でならない」
 古巣の横浜Mも重苦しい空気に包まれた。僚友だった中沢佑二も、「全く情報がないので分からない。信じられない。あとはもう……」とだけ言うと言葉を失った。みなが奇跡的な回復を祈っていたが、その願いは通じず、松田は4日午後に松本市内の病院で息を引き取った。
 松田は持病らしい持病もなかったという。突然のニュースにサッカー界全体が沈痛な雰囲気に包まれている。

(日刊ゲンダイ2011年8月3日掲載)



コメント
非公開コメント

トラックバック

http://sportscolumn.blog12.fc2.com/tb.php/165-0bdd6f51

FX業者比較
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。